行き過ぎた個人情報保護と住民主体の行き着く先は

どうも気になっている。
1億総○○、この○に入るのは評論家であったり時にクレイマーであったり。
規制緩和の一方で個人情報と住民監査でがんじがらめにされる行政。
本当に必要なものに限ってこういうもので縛られてしまっていいのだろうか。
欧米の個人主義をどこかで履き違えているのではないか。
住民の声は時に正しく、しかし時代性と情報に流されやすく時に判断を間違う。

個人情報保護が行き過ぎるとどうなるか。
医療機関では、人々の未来をよくする・問題を解決するための研究のための症例が集まらない。
これを隠れ蓑に組織の暗所を見えなくする企業。

住民監査が行き過ぎるとどうなるか。
行政が地元政治家のように住民の顔色をうかがうようになる。自治体職員は住民対応に追われ、やることなすこと正しいことでさえ事の正否よりも住民から見てどうかという判断を気にして実効性のある地方自治ができなくなる。
道州制、地方自治の時代のまさに真逆。

過去の成功体験がいつまでも正しいとはいえない。しかし時として行政が強引に事をすすめるべきこともある。大阪に御堂筋線がなかったら?環状線がなかったら?
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by felice_vita | 2006-03-06 21:22 | 日々雑記
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