非日常の日常化

毎日疲れます。被災地の方からしたら何を言ってるんや!と怒られそうですが・・・
同僚で、実家が福島県で原発被害のため避難勧告が出ている方がいます。家族・親族が現在その同僚の家に身をよせているのですが、震災復興のニュースを見ると胸が痛くなると。なぜなら、他のところは元いた場所に戻ったり、仮設住宅の建設が始まったりしているのに、彼女のところは自宅にすら戻れない、周りが復興するニュースを見るたび取り残された感にさいなまれなんとも悔しいやりきれない気分になると。
福島は、地震にやられ、津波にやられ、原発で避難勧告が出、作物は市場から駆逐され・・・どうしてこんな目にあうのだろうと。
被災地、とひとくくりに言うことはできません。
たかだか私レベルでも、関東圏の計画停電にあってる人、あわなくてすんでる人で、かなり違うよな、という感があるのだから、被災地での格差というのは深刻でしょう。

昨日、今日、計画停電を免れた計画停電対象地域ですが、それでもやっぱりしまってる店はしまってる。
かろうじてあいているお店に寄っても、”お一人様1個限り”と書かれた棚には既に何もない。

余震を感じると、余震が終わっても動悸が治まらずいつまでたってもゆれている感覚が抜けない。

今週末、法事で実家に帰るのですが、神の救いです。
物資不足もない、余震もない、計画停電もない、安心して生活できる場所でゆっくり休める幸せ。

イベントの中止を「やりすぎ」「かえって景気低迷を招く」という声があります。
確かに関東以西ではそうかもしれない。でもこの時期に、お花見でわいわい騒がれるのは、計画停電、そのあおりで物資が不足している人間には耐えられない。
前も書いたかもしれないが、協力と自粛は違うでしょ。
節電モードの都心のビル、電車、駅、私はこれはよいことだと思う。
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by felice_vita | 2011-03-30 20:03 | 日々雑記
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